ヤマザキマリの息子・デルスの現在&職業は?気になる顔写真も!

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ヤマザキマリの息子・デルスの現在&職業は?気になる顔写真も!

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ヤマザキマリさんといえば、漫画『テルマエ・ロマエ』で有名な漫画家・随筆家さん。

漫画家でありながら、幅広く活躍の場を広げており、テレビやラジオでお目にお耳にかかることも少なくありません!

ヤマザキマリさんは漫画が素晴らしいのもさることながら、そのトークが面白いとメディアに出演するたびに話題にもなりますよね。

ヤマザキマリさんは2021年8月に『ムスコ物語』(幻冬舎)を出版しました。

同じ子どもを持つママとして、ヤマザキマリさんの子育てが気になるところ!

今回は「ヤマザキマリの息子・デルスの現在&職業は?気になる顔写真も!」ということでお送りします。

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ヤマザキマリの息子・デルスの誕生までの秘話

ヤマザキマリさんの息子さんの話には、出産に至るまでの話が欠かせません。

ヤマザキマリさんの経歴をご紹介していきます。

運命的な出会いをきっかけにイタリアへ

古代ローマ人が現代日本にタイムスリップする風呂マンガ『テルマエ・ロマエ』の作者である、ヤマザキマリさん。

ヤマザキマリさんは、幼少期からドラマチック!?な人生を送ってこられました。

指揮者だったお父さんは幼少期に他界。

そしてヴィオラ奏者であるお母さんはその後再婚しますが、離婚。

シングルマザーとして、ヴィオラ奏者・バイオリン教師として働きながら、ヤマザキマリさんと異父妹を育ててくれたそう。

14歳の時、母親がヨーロッパ旅行に行くところコンサートの予定が入り、替わりに1ヵ月ドイツとフランスを一人旅することがヤマザキマリさんの運命を大きく動かします。

その一人旅で出会ったイタリア人陶芸家「マルコじいさん」に旅の理由が芸術のためであることを話すと、

すべての道はローマに通ずる、イタリアを訪れないのはけしからん

と叱られたことをきっかけに、交流が始まり、マルコじいさんを頼る形で17歳でフィレンツェのイタリア国立フィレンツェ・アカデミア美術学院に留学することになります。

このマルコじいさんこそ、後述でも出てきますが本当にヤマザキマリさんにとって運命の人です。

イタリア国立フィレンツェ・アカデミア美術学院では、美術史と油絵を11年学びました。

イタリア人の詩人と恋に落ちる

フィレンツェ在住時には学生同士でシェアしていたアパートの隣室の4歳年上のイタリア人の詩人と恋に落ちます。

詩人というのは、経済的生産性から離れていなければ成り立たない職業。

生産性のない?彼のために、お金を稼ぎ1000冊自費出版で本を出してあげたこともあったそう。

それには3冊しか売れなかった!というオチまでついています笑

分娩台でシングルマザーになることを決意

ヤマザキマリさんは27歳の時に、10年付き合ったイタリア人詩人の子どもを妊娠

妊娠がわかっても、おなかの大きなヤマザキマリさんが、彼と2人でやっていた屋台を1人で切り盛りし、トイレにも行けずに働いて、そのまま歩いて帰ってごはんを作る。

でも詩人は帰ってこないという状態だったそう。

一人息子のデルスくんが生まれたのはちょうどヤマザキマリさんと詩人とでサブビジネスとしてやっていたアクセサリーや皮製品の露店会社が倒産したとき。

なんと家財道具まで持っていかれた状態だったというから驚きです!

それでもどうして、恋人である詩人の子供を産もうと思ったかというと

「この人の子どもなら生まなきゃいけない」と思うほど、強い絆を感じる相手ではあったんです。

好きな人ではあったんです。

彼は形のないものを生み出す表現者で、人間としての面白味や深みがあって、絵を描いていた私を触発し続け、私の生産意欲を高めてくれる人でした。

引用元:日経WOMAN

と語っています。

同年27歳の時に、一人息子となるデルスさんを出産します。

10年も付き合ってきた為、なかなか別れる踏ん切りがつかなかったそうですが、わが子に対面した分娩台の上で、直感的に別れる気持ちが固まったそうです。

一人の力では、詩人と子どもを養っていくのは無理だと思ったと言います。

壮絶な出産体験については、下記の『イタリア家族 風林火山』(ぶんか社コミックス)に描かれていますので、興味のある方は是非!

ヤマザキマリの息子・デルスの名前の由来

ヤマザキマリさんの息子デルスさんの名前の由来は、黒澤明監督の『デルス・ウザーラ』からとったものだそう。

ポイント

シベリアのウズリ地方に、地質調査のための探検隊が入った。

しかし同地の厳しい自然は、隊員たちの予想を遥かに超えていた。

彼らは、たった独りで猟を営む男デルス・ウザーラと出会い、その案内で危機を脱する。

やがて、探検隊の隊長ウラジミールは、デルス・ウザーラに深い敬愛の念を抱いていく……。

引用元:tsutaya ディスカス

主人公であるデルスのように地球から守られて生きる人間になりたいという気持ちから、迷い無く、このデルス

という名前をつけたんだそう。

幼い息子を食べさせるべく、ヤマザキマリさんは帰国します。

帰国後は、イタリア語の講師、美術展のキュレーター、ラジオ番組、テレビでイタリア料理を作ったり温泉レポーターを担当するなど、精力的に働き、シングルマザーとして、デルスさんを育てました。

漫画を描き始めたのも生活費を稼ぐためだったそうです。

ヤマザキマリの息子・デルスには父親が2人いる

ヤマザキマリさんの息子デルスさんの父親については、フィレンツェへの留学時代に恋に落ちた詩人だとお伝えしました。

しかし、その詩人とはデルスくんの誕生をきっかけに別れて、ヤマザキマリさんはシングルマザーとして、デルスさんを育ててきました。

ですが、デルスくんにはもう1人父親がいます!

ヤマザキマリはマルコじいさんの孫と再婚!

実は、ヤマザキマリさんは35歳の時に、再婚をしています。

下記twitterの右上の家族写真で、ヤマザキマリさんの左に写っているのが、現在の夫・ベッピーノさんです。

実は、ここにはヤマザキマリさんの運命的な出会いの人物「マルコじいさん」が関わっています。

実は、現在の夫のベッピーノさんはマルコじいさんの孫なのです!

マルコじいさんが亡くなった後、ヤマザキさんはお母さんの勧めでイタリアに住むマルコじいさんの娘さんの家にしばらくお世話になることにしたそう。

そこで出会ったのが、マルコじいさんの孫当時まだ大学生(20歳)だったベッピーノさんでした。

ローマ時代のオタクだったベッピーノさんとヤマザキさんは三日三晩古代ローマの話で盛り上がったそうです。

ベッピーノさんはヤマザキさんに惚れ込み、21歳にして学生結婚を果たします!

ヤマザキマリさん35歳、ベッピーノさんが21歳の時でした。

熱烈なエピソードをご紹介します。

  • 帰国後には、古代ギリシアの女神像のコピー写真と熱烈なラブレターが送られてきた
  • ヤマザキさんがいなくなったことで食事も喉を通らず心身が衰弱し、心筋炎で入院
  • 病院から震える声で「僕はあなたと一緒に暮らした方がいいと思うようになったので、結婚しませんか」と電話越しにプロポーズ

なんとも、イタリア人らしい情熱的な愛情表現ですよね!

そんな恋、人生で一度はしてみたかったなあとため息をついてしまう人も多いはず?!

求婚の際に渡されたのがなんと

紀元前3世紀の古代ローマのカメオ(絵柄は狩人)

だったそう。

5歳から貯めた貯金をはたいて、購入したそう。

そのオタクぶりがなんとも微笑ましい。

ベッピーノさんは、大学卒業後は文学研究者となり、家族で中東やポルトガル、シカゴなど海外各地を回る生活を送ってきたそう。

ヤマザキマリのインスタグラムにも登場することも。

それだけ、長年連れ添っても仲の良い夫婦ということですよね。

テルマエ・ロマエの影の立役者

ヤマザキマリさんの代表作といえば、『テルマエ・ロマエ』ではないでしょうか?

『テルマエ・ロマエ』の誕生には夫のベッピーノの功績もあると言っていいでしょう。

夫のベッピーノさんは「ローマ皇帝の名前を全員言えるほどの古代ローマおたく」で、日常会話でも古代ローマの話題が当たり前のように出ることに影響されたことで誕生したと言います。

ヤマザキマリさんが、14歳で海外をひとり旅して、マルコじいさんと出会わなければ産み出されなかった作品のようにもおもえてきます。

マルコじいさんとはなんとも興味深い人物ですね。

ヤマザキマリの息子・デルスは名門大学に複数合格するほどの秀才

ヤマザキマリさんとイタリアの詩人との間に生まれたデルスさん。

幼い頃から、イタリア、日本、シリア、ポルトガル、アメリカなどいろんな国を家族と渡り歩いてきたそう。

普通ならインターナショナルスクールに入るところを、言語もわからないまま現地の学校に通っていたというから驚きです!

そんなデルスさんですが、名門大学に複数合格するほどの秀才でした!

理数系が得意で、エンジニアを目指し10校ほどの大学に合格したそう。

その中で、「イリノイ工科大学」に入ることにして、入学金も納め、寮まで決めてあったそう。

ですが、最後に合格通知をもらった「ハワイ大学」に行くことに決めたそう。

デルスさんご本人と、夫のベッピーノさん2人でハワイに行ってみて、「ハワイ大学」に行くことを決めたというエピソードからも、デルスさんとベッピーノさんの仲の良さが伝わってきます。

レベル的に考えたらイリノイ工科大学の方が上だけど、ハワイは空も海も素晴らしく、みんなのほほんとしてて、シカゴやイリノイ工科大学で感じた切迫感が全く感じられない、会いに行くなら、ハワイの方がいいということでハワイ大学への進学を決めたそうです。

デルスさんは、理数系を得意としながらも、ご両親と同じく感性の人でもあるようですね!

ハワイ大学マノア校を地図で見てみるとわかりますが、なんとワイキキビーチまでそんなに離れていません!

キャンパスライフをおくるのにこんなに素晴らしい場所が他にあるでしょうか。

勉強と私生活、両方がエンジョイできる環境であったのではないでしょうか。

大学時代には、交換留学で京都大学に通われたそうです。

京都大学時代は、小説や漫画にも親しまれたとのことで、ここにもお母さんのマリさんの影響があったのかもしれませんね。

ヤマザキマリの息子・デルスの現在&職業は?

ヤマザキマリさんの息子・デルスさんですが、2019年5月にハワイ大学マノア校・機械学部を卒業し機械工学士を取得しています。

理数系が得意で、エンジニアを目指してハワイ大学に通っていたデルスさんはそのままエンジニアになったのでしょうか?

卒業後、就職をせずネパールへ

デルスさんは大学卒業後、すぐに就職せずネパールへ旅をします。

母からも卒業後すぐに就職するよりは、就学中にはできなかった体験をするべきだと強く勧められていた

というから、なんともヤマザキマリさんらしい、そしてヤマザキマリさんの息子さんらしい人生の選択だなあと感心しました。

そのネパールからは新型コロナウィルスの影響により2020年5月に帰国しているようです。

進路に迷ったデルスさんへの母マリの強烈な一言

大学当初、エンジニアを目指していたデルスさんでしたが、大学卒業後は写真や絵を描くことや執筆も好きで進路に迷っているそう。

そんな時に、ヤマザキマリさんから言われたのが、

出家したら?

だったそう。

ミャンマーでの出家を勧めているそうです笑

現在の職業はフリーランスのカメラマン

気になるヤマザキマリさんの息子・デルスさんの現在・職業ですが、フリーランスのカメラマンだそうです。

ヤマザキデルスさんご自身の公式インスタグラムの自己紹介欄に「Freelance Photographer」と記載されています。

Graduate of University of Hawaii at Manoa Mechanical Engineering; Freelance Photographer.

引用元:ヤマザキデルス公式Instagram

父親は、詩人、母親は漫画家、そして現在の父親は文学研究者。

多彩な人たちに囲まれ、世界を股にディープな経験をしてきたヤマザキデルスさん。

エンジニアを目指していたけど、やっぱり創作活動に気持ちが向いてしまったのは、自然な流れなのではないでしょうか。

上記のように、新型コロナウィルスが蔓延している2021年は日本に留まり、素晴らしい写真を撮られています。

息を呑むような写真をたくさんみることができます。

ぜひヤマザキデルスさんご自身の公式インスタグラムでチェックしてみて下さいね。

ヤマザキマリの息子・デルスの気になる顔写真

ヤマザキマリさんの息子・デルスさんは、イタリア人と日本人のハーフ(ダブル)。

ヤマザキマリさんの著書の表紙やメディアなどでも紹介されることがありますので、ご存知の方も多いと思いますが、ご紹介します。

6歳の時

これが、ヤマザキデルスさん6歳の時のお写真です。

イタリア人の血が流れているだけあって、クリクリの髪の毛やクリクリのお目目がとってもチャーミングですね!

10歳頃

これが、ヤマザキデルスさん10歳頃のお写真です。

お母さんは息子を見て、息子さんはカメラの方を見ている。

なんとも、母の愛情を物語るような1枚に、胸が熱くなります!

22歳頃

これが、ヤマザキデルスさん22歳頃のお写真です。

ハワイ大学在学中のお写真。

あっという間に男らしくたくましく成長されていますね。

左に写っているのが、ヤマザキマリさんの夫のベッピーノさん。

ヤマザキマリ『ムスコ物語』が発売中!

2021年8月に、ヤマザキマリさんの新作『ムスコ物語』が発売になりました。

表紙は、ヤマザキデルスさんが、エンジニアになりたいと思うきっかけになった沖縄美ら海水族館の人工尾鰭を装着した「フジ」。

デルスさんは、フジが人口の尾びれの装着で何度も失敗と試作を続けた結果ジャンプをできるようにまでなった、というドキュメンタリーを見て、どうしてもフジに会いたいと生まれてから彼が貯めてきた全財産1万8千円を差し出したそう。

その、フジを見つめるデルスさんが表紙になっていることにグッときます。

ヤマザキマリさんは過去にインタビューで

まずイキイキ母さんの姿を子どもに見せること。

人生は楽しいってことを親である私が身をもって教えなければ

と語っています。

そんなヤマザキマリさんが育てたデルスさんの言葉は

母のおかげで国境のない生き方を身につけられた私は、

おかげさまでこれから先も、

たったひとりきりになったとしても、

世界の何処であろうと生きていけるだろう

です。

この言葉を見ただけでも、ヤマザキマリさんの子育てが大成功であることがわかりますよね。

現在、子育て絶賛もがき中の自分としてはなんとも羨ましい話です涙

現在、2歳の一人娘を育てる私。

子育ては悩みまくり、方針はブレブレで悩む日々を送っています。

ヤマザキマリさんのような、たくましくかつめちゃくちゃ面白い母親に少しでも近づけるよう、この本を読みたいと思います!

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